楽器製作におけるリベラルアーツ
素晴らしい楽器は、弱音でも輪郭が崩れない。
なぜなら振動の設計思想が「均衡」に基づいているからだ。
均衡とはなにか。何が均衡の要因となっているのか。
結論から言うと、均衡の答えは出ない。ああすればこうなるというものではないからだ。
しかし、条件はある。
①基音と倍音のエネルギーバランス
②応答速度
③減衰時間
④駒・表板・裏板の結合効率
つまり「均衡」とは、
振動のモード間のエネルギー分布が偏りすぎない状態だ。
では、その分布とは何か。
その探求を続けていくうちに、楽器製作の歴史を紐解くことにより、均衡の輪郭が見えてくる。
かつてギリシャ、イタリアを揺るがした「リベラルアーツ(自由七科)」の精神がそれだ。
リベラルアーツとは、現代で言われる単なる「教養」ではない。それは、言語学(文法、修辞、論理)と数学人(算術、幾何、天文、音楽)が何かの奴隷にならず、自らの理性で真実を見極め、自分を自由にするための「技術」だ。
ジョゼッフォ・ザルリーノ(1517-1590)
(ザルティーノとも読む)ルネサンス期イタリアの音楽理論家。
「ドレミ」の響きを数学的に整理し、現代の和音の基礎となる「純正律」を理論化した人物である。
彼は、1から6までの整数比(セナリオ)の中に宇宙の調和が宿ると説いた。黄金期のクレモナの製作家たちは、この「比率」を楽器のプロポーションに写し取り、音を物理的な形へと変換した可能性がある。
楽器製作家たちのアーカイブがほとんどのこっていない事により、実際がどうだったかは正確には言えない。
しかし、私はザルリーノは、「楽器の設計図の元となる概念」を遺した数学者だと仮定でき、アマティやストラディヴァリの型の中に今も息づく、1-6の整数比が楽器が持つ調和の正体そのものだと思っている。
楽器の幾何学研究の第一人者である、フランソワ・ドゥニ氏も、楽器のプロポーションの根源は、音楽理論と比率文化であると著書にも記載している。
ザルリーノは、音楽を宇宙の調和という数学的な「比率」で解き明かした。そして、その同時代のクレモナの職人たちは、恐らくガリレオ・コンパス(軍事コンパスとして初め使われたが、次第に建築や工芸で使われるようになった。史実がないが、おそらく比例コンパスを使ったとされている)を手にし、その比率を木材という物理へ落とし込んだ。彼らにとって楽器製作は、数学であり、幾何学であり、天文学と並ぶ「知の探求」、すなわち自由七法リベラルアーツそのものだった。
ザルリーノ、ガリレイ親子、そして楽器製作の交差点
楽器製作の歴史における重要な交差点として、三人のイタリア人が登場する。
音楽理論の父ザルリーノ、その弟子でありリュート奏者だったヴィンチェンツォ・ガリレイ、そしてその息子である、近代科学の父ガリレオ・ガリレイだ。
師ザルリーノは「数学的な比率こそが美のすべて(理想)」と説いた。だが、弟子ヴィンチェンツォは反旗を翻す。「理屈よりも、耳にどう響くか(現実)が重要だ」と。この師弟の衝突は、ギリシャ哲学からも続く「理想の数理」と「生きた感性」のぶつかり合いだ。そして、これこそが近代音楽を誕生させるエネルギーとなった。
息子ガリレオは、この父の「実証する姿勢」を物理学へと転用した。教会の教条(ロゴス(論理))ではなく、自らの目で見た観測(ピュシス(万物、自然現象))を信じる自由。
ロゴス(Logos)は「言葉・論理・権威」といった「人間が決めた理屈」。
ピュシス(Physis)は「自然・本能・物理」といった「ありのままの真実」。
アマティを初めとする当時のクレモナの製作家たちは、彼らの知の連鎖の中にいた。
文字による記録は残っていなくても、現存する名器の設計や構造そのものが、ザルリーノやガリレオの思想を体現している。
ザルリーノが示した「調和の比率」を骨格に据えつつ、ガリレオ家が証明した「振動の物理」を用いて、木材という不完全な素材を鳴らし切る。
ザルリーノの遺した幾何学を愛しながらも、ガリレオのように目の前の「本質」という現実を何よりも優先する。この三人の対話は、今も私の工房のベンチで続いている。
そして今…
過去の権威(ロゴス)にひれ伏し、目の前の物理現象(ピュシス)から目を逸らしてはいないか。
ガリレオ・ガリレイは、教会の教条に抗い、自らの目で見た観測結果を信じた。
ザルリーノが説いた調和を、ガリレオが証明した物理学によって、今、この瞬間の奏者のために解放する。
効率や損得を忘れ、ただ真理に没頭する贅沢な時間。ガリレオ・ガリレイは、教会の教条に抗い、自らの目で見た観測結果を信じた。
ギリシャ人はそれを「スコレー」と呼び、それが「スクール(学校)」の語源となった。私の工房は、単なる作業場ではなく、木と、物理と、音楽の真理を追い求める、私にとってのリベラルアーツの空間としたい。
100年後の骨董品ではなく、今、演奏家の魂を拡張する「楽器」を作る。
それが、リベラルアーツとしての楽器製作を求める私の生涯をかけて行う職人としての答えとしたい。